2022/08/12
米国の証券取引委員会(SEC)は、令和4年8月10日付のリリースで、商品先物取引委員会(Commodity Futures Trading Commission(CFTC))と共同で、プライベートファンドに対して金融安定監督評議会(Financial Stability Oversight Council’s (FSOC))の金融システムリスクの監視を強めるとともに、プライベートファンドへのSECによる規制監視も強化する案を提案すると発表しました。
SECとCFTCはFormPFを採用してプライベートファンドの規制監督を行ってきましたが、業界の拡大や複雑化に伴う金融システムに対するシステミックリスク等が年々拡大しているとして、今回の改正の必要性を訴えています。
具体的には、大規模なヘッジファンドに対しては、投資エクスポージャー、借入および取引先リスク、市場リスク、売上高、地域及び業界エクスポージャー、クリアリング取引報告、リスク指標、戦略別の投資パフォーマンス、ポートフォリオ相関、ポートフォリオ等の報告を強化するとしています。
また、私募ファンド一般に対して、identifying information、AUM、引き出しと償還の権利、総資産とNAV、キャッシュフロー、ベースカレンシー、借入金と債権者属性、資金階層別公正価値、受益者、パフォーマンスに関する報告を強化することとしています。
本邦への影響
今回のプライベートファンドへの監視強化は、プライベートファンドの不透明に内在するシステミックリスクがその大きな規制動機になっています。
その点、我が国では私募ファンドに対する金融システム安定化にかかるリスクに着目した実効的な監視はあまり行われていないように思います。
本邦でもリーマンショック等を踏まえ、ポートフォリオのモニタリングやカウンターパーティーリスクの監視等を通じて、大手金融機関に対してはある程度実効性のある規制監督がなされているかと思います。
しかしながら、投資運用業及び適格機関投資家等特例業務届出者に対しては、第一種金融商品取引業者や銀行等に対して行われるようなシステミックリスク管理の観点からのリスクモニタリングは限定的です。
とりわけ、文字通りのプロ向け私募ファンドともいえる適格機関投資家等特例業務届出者に関しては、定期的な検査もなければ、年次の事業報告書の記載内容の粒度も低い概括的なものに過ぎず、金融システム安定化の観点から十分な情報を当局が把握しているのかは議論の余地があります。
また、適格機関投資家等特例業務に限らず、特定投資家向けに投資運用業を行う場合や、適格投資家向け投資運用業の登録を受けて投資運用業を行う場合には、一般投資家向けの投資運用業を行う場合に比して、緩和的な規制が多数設けられています。
これは、平成19年の金融商品取引法制定以降、いわゆるプロアマ規制の考え方により、過度の規制を廃して、プロ間取引は比較的緩やかな規制の下で行うことができるよう制度設計されてきたためです。
次の金融危機の発火点
主要行や大手証券会社等従来の金融システムの中心的な位置を占める大手金融機関は、リーマンショックの経験を通じてその経営体質が抜本的に強化されています。
これらの大手金融機関に対しては、規制当局のマクロ・プルーデンス政策の拡充等により、モニタリング態勢も強化されており、次なる金融危機の発端になる可能性は大きく低下しています。
次なる金融危機があるとすれば、むしろ、プライベートファンド、ステーブルコイン、Defi等の、従来の金融システムでは周辺的、または、存在しなかった金融ビジネスから発火する可能性が高いのではないかという議論があります。
アメリカで起きることは日本でも?
我が国では投資運用業をはじめとする資産運用ビジネスに関しては基本的に育成のスタンスが取られており、規制監督の中心的な着目点も善管注意義務や忠実義務等のいわゆる受託者責任にあります。
他方、アメリカで起きることは日本でも起きるというのは、金融規制分野では必ずしも常に真ではないとはいえ、広く現代社会の常識でもあります。
今回の米国の規制強化を皮切りに、世界的に私募ファンドに対する監視の強化が進んでいけば、中長期的には我が国でも、主に私募ファンドを運用する投資運用業者や適格機関投資家等特例業務届出者等への規制監視及び報告義務強化へと進んでいく可能性もありそうです。