2022/08/04
令和4年8月2日、証券取引等監視委員会から、証券モニタリング概要・事例集(令和4年8月)及び令和4事務年度証券モニタリング基本方針が発表されています。
前者は、令和3年度に実施された金融商品取引業者等に対する検査の結果に基づく勧告・指摘等の状況をまとめたものです。行政処分勧告が実施された事例では、都度その概要が公表されますが、行政処分勧告に至らなかった指摘事例は、この証券モニタリング概要・事例集で把握するほかありません。
コンプライアンス担当者にとって、行政処分事例をリアルタイムで把握していることは当然のことですが、それと同時に証券モニタリング概要・事例集に指摘事項として記載がある事項も、完全に把握、理解しておく必要があります。
検査が実施されれば、むしろ何らかの指摘が入ることが通例であって、そうした指摘事項がなにからなにまで事例集に記載されるわけではありません。当局にとって、相応に重要性があるからこそ、行政処分勧告に至らなかった事例であっても指摘事項として掲載されています。よって、ここに記載された事項は、当局の直近の問題意識に基づくメッセージであり、非常に重みがあります。
今回の事例集で特に注目される指摘事例をまとめて見ていきましょう。
HFT規制の潜脱
【概要】
当社は、海外関連会社が開発した取引発注システムについて、本邦法令による規制の潜脱となる可能性があったにもかかわらず、本邦法令適合性を検証しないまま導入を実施した。
また、システム導入後においても、法令違反となる条件・状況に係る具体的な検討を怠っていたことから、モニタリングすべき数値も誤っているなど、実行性のある管理を行っていなかった。【検査結果の要旨】
当社が導入した取引発注システムは、海外関連会社において、顧客ニーズ(自らの注文が高速取引行為規制の規制対象となることを望まない)を満たすことを主要目的の一つとして開発されたものであるなど、本邦法令による規制の潜脱となる疑いがあったにもかかわらず、当社は、本邦法令適合性を検証しないまま、当該取引発注システムの導入を決定した。また、当社は、システム障害の発生等により、当該システムを通じた取引が法令違反状態となる可能性について具体的な検討を行っていなかった。さらに、当社は、当該システムによる取引が法令違反に該当するものとならないようモニタリングを行っていたとしているが、モニタリングすべき数値の誤りを看過しているなど、実効性のある管理を行っていなかった。
これは、HFTの潜脱を目的とした取引システムの導入を行った証券会社に対する指摘事例です。本邦法令による規制の潜脱となることを指摘事由に上げており、HFT規制の潜脱行為を試みる行為そのものを問題視したことが注目されます。
また、かかる潜脱を目的としたものであれば、適法性を確保するためには、むしろ導入後により一層の事後管理態勢(モニタリング)が求められるところ、それも怠っていたと指摘されています。
自動売買と媒介
続いて注目されるのは、いわゆるFXの自動売買及び媒介の論点です。これは、FX業界及び投資顧問業業界ではかなり広く行われているビジネススキームですが、今回、内国の登録FX業者と投資助言・代理業者の間で行われるこうした提携スキームに関して、厳しい判断が示されました。
【概要】
当社は、第一種金融商品取引業の登録を受けていないにもかかわらず、顧客と外国為替証拠金取引業者との間における店頭デリバティブ取引の媒介を行っていた。【検査結果の要旨】
当社は、当社ウェブサイトにて、特定の外国為替証拠金取引業者(以下「FX 業者」という。)の専用口座でのみ稼働する自動売買ソフトを推奨し、誰でも取得可能な状態で掲載するとともに、当社ウェブサイト等に当該 FX 業者の口座開設に係るウェブサイトをリンク先として表示しているほか、口座開設のサポートも行うなど、第一種金融商品取引業の登録(金商法第 31 条第4項に基づく変更登録)を受けることなく、顧客とFX 業者との間における、店頭デリバティブ取引の媒介を行っている状況が認められた。
第一種金融商品取引業の無登録営業という比較的重い法令違反に対して、行政処分勧告に至らなかったことを見ると、事実として類似するスキームが一定程度業界内に存在しており、また、当事者の役割の程度が異なれば適法になり得ることも一定程度は斟酌されていると見られます。
「専用口座でのみ稼働」「誰でも取得可能な状態で掲載」「当該 FX 業者の口座開設に係るウェブサイトをリンク先として表示」「口座開設のサポートも行う」の4つの事実が認定されていますが、4番目を除きそれ単独で直ちに違法というわけではないと思います。
そのため、引き続きアフィリエイトと媒介の間の境界は明瞭ではないものの、少なくともこの4要件を満たせば媒介ということが明瞭に示されたことは前進といえます。
投資運用業者の善管注意義務
投資運用業に関しては、行政処分事例以外にも「委託された不動産投資法人の資産の運用において、親会社から不動産を当該投資法人に取得させるにあたり、投資法人資産運用業を行ううえでの善管注意義務の観点から不適切な状況が多数認められた事例」における、投資法人資産運用業に係る善管注意義務違反等〔金商法第 42 条第2項〕の指摘例があったとしています。
公表済みの行政処分事例以外にも、投資運用業者に対して善管注意義務違反等の指摘がなされていたという事実は、いかに金融庁が投資運用業者の忠実義務、善管注意義務を重視しているかの表れです。