行政書士トーラス総合法務事務所トーラス・フィナンシャルコンサルティング株式会社

適合性の原則を巡る行政処分勧告

2023/09/22

証券取引等監視委員会は、令和5年9月15日、関東の地場証券某社に関して、適合性の原則違反等を理由として行政処分勧告を行いました。

仮に、このまま同社への行政処分が行われれば、日経225オプション取引に関する証券会社の適合性の原則違反を巡る2004年の行政処分事例、及び、某地銀系グループの仕組債販売に対して行われた適合性の原則違反を巡る本年の行政処分事例に次ぐ、3事例目(≠3社目)の適合性の原則違反を巡る行政処分となります。

金融庁は、この数年、仕組債や外貨建て保険等の複雑な商品性を持つ金融商品取引に関しては、適合性の原則の観点から一般投資家への販売を問題視する姿勢を示してきました。某地銀系グループへの行政処分に続く今回の行政処分勧告は、金融庁が適合性の原則を重視していることを示します。

適合性の原則の実質化

適合性の原則は、法令に明確な審査基準がないことに加え、行政処分の先例に乏しいこともあり、とくに小規模な金融商品取引業者にとって、ある意味で形骸化した行為規制と見られていました。比較的大規模な金融商品取引業者であっても、顧客審査の際の形式的な足切り基準を設けるものの、運営が形骸化したり、基準が無視されている例も散見します。

しかしながら、これからはそのような認識は通用しないでしょう。

対象商品の特筆性

また注目すべきは、行政処分勧告に繋がった金融商品です。

従来、業界内でもデリバティブ等が組み入れられた、複雑でハイリスクな商品を個人投資家に対してみだりに販売すべきではないという共通認識は存在したと思います。そのことは、2004年の行政処分の先例でも確認されています。

これに対して今回の行政処分勧告が踏み込んだ思える点は、外貨建てとはいえ「米国株」や「株式投資信託」というプレーンな商品の販売が、行政処分に至るほど問題とされたことです。

推奨を開始したとされる時期を考えると、同社が販売に注力を開始したとされる令和2年の4月以降は、まさに米国株の買いのベストタイミングでした。そのため、これに応じた顧客の一定割合には、利益が出ていることが推測されます。

同様に処分勧告の原因になっている新興国のテクノロジー関連企業へ投資する投資信託に関してもこれと同様です。

直近のAIブームに象徴されるハイテク株ブーム(いわゆる「テック・ラリー」)を踏まえれば、営業推進の判断それ自体は顧客利益に合致していました。

一般に、行政処分に繋がる検査の端緒等は、顧客からの苦情から始まるケースが多いです。そして、そうした顧客からの苦情は、取引で顧客に多額の損をさせたことがその発端となることがその殆どです。

今回は、むしろ投資判断としては正しかった「プレーン」な金融商品の取得勧誘で、適合性の原則違反が問われたことが重要です。

具体的な問題勧誘

証券取引等監視委員会の行政処分勧告の内容を見ると「少なくとも顧客18名に対し、会話がかみ合わない、数分前の会話を覚えていないなどといった顧客の様子から、顧客が少なくとも外国株式取引を行えるほどの認知判断能力を持ち合わせていないと認識していたにもかかわらず、外国株式のリスク等について、顧客属性に照らして顧客に理解されるために必要な方法及び程度による説明を行うことなく金融商品取引契約を締結する行為を行っていた。」とあります。

これは重度の認知症を伺わせる顧客、それも複数を相手方として、外貨建ての株式の勧誘を行っていたことが明らかであって、儲けさせた、損をさせた関係なく、法令違反を指摘されてもやむを得ないように思われます。

投資信託の勧誘に際しても、少なくとも顧客1名に対し、当該商品の概要やリスク等について、顧客属性に照らして顧客に理解されるために必要な方法及び程度による説明を行うことなく金融商品取引契約を締結する行為を行っていると認定されました。

これら行為は、金融商品取引法第38条第9号に基づく金融商品取引業等に関する内閣府令第117条第1項第1号の「顧客の知識、経験、財産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照らして当該顧客に理解されるために必要な方法及び程度による説明をすることなく、金融商品取引契約を締結する行為」に該当すると認められるとされています。

社内態勢不備

証券取引等監視委員会は、社内態勢に関して、適合性原則を遵守するための態勢が不十分な状況も指摘の対象としています。

人事制度につき、「手数料収入実績をダイレクトに評価に反映させ」「評価項目から法令違反行為や顧客本位に欠ける営業を行った営業員の評価を下げるといったコンプライアンス項目を削除するなど、手数料収入額が多い営業員がさらに高く評価される報酬体系へと変更することで、手数料収入に偏った不適切な投資勧誘行為を助長するものになって」、「顧客の適合性を軽視した極端な営業優先の企業風土が形成されており、営業推進態勢は不適切な状況であった」と認定しています。

さらに、「自主規制機関の検査においてコンプライアンス部門の人員不足を指摘されていたにもかかわらず、コンプライアンス部門の人員を平成30年当時と比較しても半数以下にまで削減」したことや、「モニタリング及び内部監査は形骸化して」いたことなどで、コンプライアンス態勢の不備に関しても指摘の対象になっています。

そして、「経営陣は、極端な営業推進を行う中で、法令等遵守及び内部管理態勢の確立・整備が後回しとなり、営業に物が言えない、経営陣に実態を正確に報告できないといった脆弱な内部管理態勢を看過しているなど、当社の経営管理態勢は不適切」と結論付けています。

こうした社内態勢の不備は、前述の実際の不適切な勧誘行為そのものとあわせて、「適合性原則に抵触する不適切な業務運営を継続的に行っていたものと認められ、当社における勧誘販売状況は、金融商品取引法第40条第1号の「顧客の知識、経験、財産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠けることとなっており、又は欠けることとなるおそれがあること」に該当する」と証券取引等監視委員会により指摘されています。

証券取引等監視委員会は、行政処分勧告を出す場合には、法令違反行為そのものだけではなく、法令違反に繋がった体制不備もより詳しく指摘事項に加える傾向を強めています。

以前、関東財務局の担当者から、態勢不備それ単独でも行政処分の対象になるので、当局も近年は法令違反だけではなく、社内の法令等遵守のための社内態勢をより重視している旨の説明を聞いたことがあります。

ビジネスモデルの問題も

本件行政処分勧告は、地場証券モデルの問題を示すものでもあります。

証券取引等監視委員会によると、同社は、「顧客層の高齢化により口座数が減少傾向にあったことなどもあり、平成29年3月期から令和2年3月期まで4年連続の営業赤字となっていた。そのような中、米国市況が好調であったことを踏まえ、令和2年4月以降、経営陣主導の下、主に米国株式の販売に注力していた。」と行政処分に繋がる法令違反を生んだ背景を解説しています。

兜町や北浜に多数存在する在京、在阪の地場証券はもちろんのこと、全国津々浦々の中小規模の地場証券に至るまで、いずれもそのビジネスモデルに限界を迎えているともされており、社数が年々減少しています。無理な営業推進によらない、新たな収益モデルを確立することが急務です。

なお、地方銀行も、同様にビジネスモデルの転換の必要性が報じられています。地銀各グループ収益確保のために仕組債販売に傾斜したことと、本件の行政処分には似た面もあります。

路面店、営業部隊、高齢顧客を多く抱える第一種金融商品取引業者登録金融機関は、今後、顧客の適合性の原則への配慮と、営業推進だけに偏らない内部管理態勢の充実に、より一層の注意を払う必要があるでしょう。

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