金融庁の検査に関して
金融行政(金融商品取引業者等に関するもの)は、大別して検査部門と監督部門に分かれています。検査部門は、実際の事業者の営業する実地に立ち入って臨店検査等を行います。また、監督部門は日常的な事業者の監督を実施しています。
そして、金融商品取引業者、適格機関投資家等特例業務届出者及び金融商品仲介業者、金融サービス仲介業者等には、定期又は必要に応じて検査部門の臨店検査が入ります。
さらに、資金決済法に基づく暗号資産交換業者等の事業者等の他の金融庁所管諸法令に基づく事業者に関しても、基本的に類似した仕組みが採用されています。
こうした規制当局の検査や、自主規制団体(日本証券業協会、一般社団法人金融先物取引業協会、一般社団法人第二種金融商品取引業協会、一般社団法人日本投資顧問業協会、一般社団法人投資信託協会及び一般社団法人日本STO協会並びに一般社団法人日本暗号資産取引業協会等)の監査に関して、金融商品取引業者等の事業者様から質問を受けることが多いので、ここでその概略を説明します。
総論
金融商品取引業者や適格機関投資家等特例業務届出者への臨店検査では、内閣総理大臣及び金融庁からの委任を受けている証券取引等監視委員会又は管轄の地方財務局監視官部門の人間が、登録業者の営業所等を訪れます。
検査は基本的に無予告検査ですので、例外的な予告検査の事例を除き、ある朝に突然検査官が事務所に訪れます。
一昔前の検査状況
金融商品取引法の施行直後は、適格機関投資家等特例業務届出者に検査が入ることはほぼありませんでした。また、第二種金融商品取引業者への検査も、定期検査の対象に位置付けられておらず、詐欺的、悪質な事案を除いた検査の事例としては非常に稀でした。
定期的に検査が来ることが前提である第一種金融商品取引業者とは、制度運用も事業者の認識も大きくことなっていたといえます。
しかし、平成20年代の半ばから、適格機関投資家等届出者や第二種金融商品取引業者に対する検査を強化する方針が明瞭に打ち出されました。
これを受け、特に第二種金融商品取引業者を主とする新規登録金融商品取引業者に対して、カバー率向上のために問題を特に起こしていない業者に対する検査も含めて、いわゆる「登録事項検査」が導入され、平成の後半まで、非常に頻繁に臨店検査が行われていた時期もありました。
令和の検査実施状況
上記の平成後半の検査強化の動向は既に過去のものです。令和の直近では、検査を重視していた事後規制中心の金融監督から、オンサイト・オフサイト一体なった新たな監督体制へと移行しています。
令和2年6月26日に金融商品取引業者等検査マニュアルが廃止されるなど、金融行政における検査重視の方針は転換されています。新型コロナウイルスの感染拡大によるオンサイト検査の減少も加わって、目立って臨店検査の実施頻度が低下しています。
よって、直近では、金融庁・財務局の検査への備えは、新規登録・届出業者の主要な問題意識から後退している感もあります。それでも定期・不定期の登録業者に対する臨店検査は不断に実施されています。
検査は、その時期ごとに行政側が実施する検査対象先の業種・業態のテーマを定めて行われる場合もあるので、たとえ特段の問題を起こしていない事業者であっても、いつでも検査を受ける可能性が存在します。
リスクベースアプローチ
臨店検査は、現在リスクベースアプローチで行われています。
第一種金融商品取引業や投資運用業者のように、金融システムにおける重要性が高く投資者保護上重要な事業者に対しては、頻度が低下したとはいえ、今も定期検査に類似する検査が行われています。
とくに、証券会社及びFX業者をはじめとする第一種金融商品取引業者に関しては、臨店検査は今も一定の周期で必ず来ると考えておいた方がいいと思います。
また、第二種金融商品取引業におけるソーシャルレンディング及びアート・ワイン等の現物ファンドや、投資助言・代理業における誇大な広告宣伝に依存した事業スキーム業者やFXの自動売買関連事業者などは、行政処分先例や具体的問題が起きたケースが多く、いわば「事故率の高い業態」です。
こうした事業者に関しては、臨店検査が入りやすい傾向があります。
これに対して、問題が起きにくい業態もあります。
第一種金融商品取引業者では、地場証券、第二種金融商品取引業者では不動産信託受益権関連事業者や、船舶航空機ファイナンスを始めとするアセットファイナンス関連事業者、投資助言・代理業では、FPやPB関連事業者がこれにあたるでしょう。
この10年程で、金融庁・財務局の検査も実態主義の様相が強まり、問題がない又はおきそうもない事業者への過度の監督は弱まる一方で、問題が起きそうな事業者への監督はむしろ強まっているといえます。
また、事務年度毎に証券取引等監視委員会により証券モニタリング基本方針が設けられ、それに沿って行われています(令和5年証券モニタリング基本方針)。事業者は、その時々の当局の関心事項を把握して、的確に臨店検査に備える必要があります。
検査の着手
臨店検査では、原則的には検査官は予告なしに、登録業者の事務所に訪れます。検査は原則として無予告です。そして、検査には受任義務がありますので、時間が無いので出直してくれ、担当者がいないので解らない等の釈明は受け入れられません。
検査は断ることは出来ないと考える必要があります。
金融庁の公表資料では、検査の着手について以下のように説明されています。
(無予告の場合)
主任検査官は、臨店検査に際して、検査対象先の責任者に対し検査証票・検査命令書を提示し、検査の権限及び目的を告げ、併せて意見申出制度及び検査モニター等の必要事項を説明する。主任検査官は、臨店検査着手時に検査対象先の責任者から第三者非開示承諾書に記名押印を受ける。
(予告の場合)
主任検査官は、検査対象先の責任者に対し電話連絡して検査予告を行う。検査予告に際しては、検査の権限及び目的を告げ、検査着手日の伝達、検査予告日以後の資料保存、必要な提出資料の提示等を行う。現物検査は、検査対象先の実態把握やその業務の適切性の検証を効果的に行うため、主任検査官が必要と判断した場合、検査官が検査対象先の役職員が現に業務を行っている事務室、資料保管場所等に直接赴き、原資料等を適宜抽出・閲覧して行うものとする。
顧客への反面調査は、主任検査官が、顧客等から検査対象先との取引状況等を確認する必要があると判断した場合に、証券検査指導官と協議をした上、証券検査課長(財務局等にあっては証券取引等監視官)の指示を受けて行う。
無予告で行われる検査では、通常、机の中にしまってある資料から電子メールに至るまで、検査の対象になります。また、もし検査が、予定日が事前に通知される予告検査の手法で行われたとしても、通常は予告のあった日の前営業日が検査基準日になりますので、そこから慌てて資料を廃棄したりすることは許されません。
検査忌避
検査の際の資料の廃棄等は、「検査忌避」に該当する恐れがあります。検査忌避とは、立ち入り検査の際、例えば資料を隠したり改ざんしたりするなどして、検査を妨害することです。個人に対しては、1年以下の懲役または300万円以下の罰金、法人には2億円以下の罰金が科されることになっています。
また、検査の際の事務所への立ち入り拒否や、書類提出拒否等検査に協力しない行為は、場合によっては検査忌避罪に該当し、最悪の場合刑事処分が科される可能性があります。
実際問題としては、このような対応の誤り単独で、懲役刑に処せられるケースは見られませんが、役職員がこういった発言をしてしまったために、「法令を理解せずに運営している業者」と当局に認識され、他の問題と併せて指摘されての登録取消等の行政処分を受けるケースはしばしばあります。対応には細心の注意を払って臨みたいところです。
特に、少人数の金融商品取引業者の経営陣が、検査官に対して資料隠ぺいや妨害等の行為を行った場合、「当該経営陣に法令遵守意識が欠如しており、法令等を熟知した役員又は使用人の配置などの必要な整備を怠っているため、金融商品取引業を適確に遂行するに足りる人的構成を有しない」という構成で、最悪の場合には登録の取り消しが行われる場合もあります。
検査の流れ
臨店検査は、通常数週間から、長いと数か月にわたって実施される場合もあります。検査が進むにつれて、当局が認識した問題点や指摘すべき事項に関して、整理表等で整理が行われ、それに対する事業者の見解や事実関係等を確認されることになります。金融庁の公表資料では以下のように説明しています。
「意見交換においては、検査対象先の責任者等の出席を求め、主任検査官が臨店検査の結果、問題点として認識した事実関係や課題として考えられる事項について、検査官としての評価(法令適用及び内部管理態勢の不備等)を検査対象先に口頭で伝え、これに対する検査対象先の認識を確認する。(あくまでも検査班としての評価にすぎず、証券監視委又は財務局等としての最終的な意見ではない。)」
検査終了後
実地での立会いが終わる臨店検査終了後には、当局内で検査結果のとりまとめが行われます。当局内での検討結果を踏まえ、当局は、内部的に検査報告書(案)及び必要に応じて勧告書(案)を作成します。その後、主任検査官から事業者に対する「講評」が実施されます。
金融庁の公表資料では、「講評は、主任検査官が、検査対象先の責任者に対して、原則として、口頭により伝達(指摘事項がない場合のほか、証券検査課長(財務局等にあっては証券取引等監視官)が効率性等の観点から電話による伝達が適当と判断した場合は、電話により伝達)することとし、また、改めて意見申出制度について説明するとともに、検査対象先との間に生じた事実認識の相違について確認する。」とされています。
重大な法令違反等があった場合には、事業者への検査終了通知の交付と同時に、証券取引等監視委員会から金融庁又は財務局に対して処分勧告が実施され、処分勧告が実施された事案に関しては基本的に何らかの行政処分(業務改善、業務停止、登録取消等)が実施されることになります。
検査への対応
検査を問題なくクリアする為の方法はいつ検査が入っても問題がないようにしておくという対策が正道になります。検査官は当然法令違反を発見するプロフェッショナルですし、その業務に対する姿勢も厳しい印象を受けるでしょうから、普段から法令を遵守した状態を常に維持する必要があります。
しかし、実際問題として小規模事業者が社内にコンプライアンスの専任担当者を置くのはとても難しいと思います。多くの事業者様ではコンプライアンス担当者は、業務担当や総務担当と兼任になっているようです。
とはいえ、手が回らないのは法令違反の言い訳にはなりません。「やっていい事は何か」「やってはいけない事は何か」を常にはっきりさせて運営をする必要があり、また定期的な内部監査等で常に法令遵守状況を自ら点検しながら、業務を遂行していく必要があります。
また、担当を設置すればいいかといえば、やはりそれだけでは不十分です。特定の規制に関する適用事例、行政解釈先例等の実務レベルの話は、法令を一読すればわかるわけではありません。また、業界の慣習や最新の業界動向を知っておく必要がありますし、場合によっては、事前に当局に直接お伺いを立てることも必要になってきます。
こういった実務レベルの当局への対応は、相応の経験年数を有するコンプライアンス担当者でないと難しいものがあります。そのため、もし現在のコンプライアンス担当者の方が少しでもこうした知識経験面で不安を感じるのであれば、外部専門家の補助と助言を受けつつ業務を進めることをお勧めいたします。
自主規制団体の監査
前述の通り、日本証券業協会、一般社団法人金融先物取引業協会、一般社団法人第二種金融商品取引業協会、一般社団法人日本投資顧問業協会、一般社団法人投資信託協会及び一般社団法人日本STO協会等は、金融商品取引業者等(または暗号資産交換業者)へ監査を実施しています。
令和に入って、金融庁・財務局による臨店検査が減少した分、こうした自主規制団体による監査が、当局検査の代用になっている部分があります。すなわち、現代では規制当局の別働隊として各協会の監査部門が動き、その情報を財務局と共有して、規制監督に役立ててている実態があります。
自主規制団体は、金融商品取引業者等に対して過怠金等を課すことや、行政当局との間で情報共有を実施することにより、事実上監督当局に類するエンフォースメントを有しています。
さらには、第一種金融商品取引業者では、登録外務員の登録事務が自主規制団体に委任され、また、第二種金融商品取引業者は、協会規則に準じた社内規則の制定義務があるなど、エンフォースメントは、法令でも相当程度手当されています。
「協会は任意加入団体なので、その監査や指導には従わない」という抵抗が許される余地は、まったくありません。自主規制団体の指導は、金融庁・財務局と同等の法的拘束力及び指導力を持つと解するべきです。
実際には、自主規制団体による監査をクリアしても、金融庁・財務局検査で登録取り消しになった事例も散見しますので、自主規制団体による監査クリアが免罪符にはなりませんが、いずれにせよ金融商品取引業者等にとって、直近では当局検査と自主規制団体の監査はシームレスに把握すべきでしょう。